TBS系「金スマ」の芸能人大ピンチずかんにて、SUPEREIGHT(旧 関ジャニ∞)の安田章大(やすだ・しょうた)さんが出演され、脱退のピンチを初告白されました。
二度の命の危機??
引退を考えた?
支えたのはあのメンバー?
など色々まとめてみましたので、よかったら最後までお付き合いください。
突如訪れた病「髄膜腫」
画像出典:jprime.jp
アイドル活動を続け、グループも紅白に5年連続出場するなど人気絶頂だったある日、収録の合間で頭痛を感じた安田さん。
もともと片頭痛持ちだったそうですが、その時の痛みは今までとは少し違うと感じて後日病院に行くことにし検査。
その検査結果は、「髄膜腫」
がんの転移ではない脳腫瘍で、脳を覆っている膜から発生し、脳や血管などを圧迫しながら大きくなっていく腫瘍だそうです。
安田さんの場合、10年かけて成長したのではないかと説明を受けたそうです。
検査結果を聞いた安田さんは、「特に何も思わなかった」と言っています。
そしてその理由は腫瘍ができた場所が「記憶」「感情をコントロール」する場所だったのでリアクションが薄くなった…つまり腫瘍のせいで何も感じることができなかったようです。
すぐに緊急手術したのですが、世間への発表はせず極秘でした。
手術は無事成功し、九死に一生を得た安田さんでしたが、更なる危機に見舞われます。
手術の後遺症と術後てんかんの恐れ
安田さんは、この手術によって「光過敏」という後遺症と術後てんかん発作のリスクを背負うことととなります。
光過敏とは、強い光(太陽光や蛍光灯など)やフラッシュを浴びるとめまいや頭痛、吐き気などの症状を引き起こしてしまいます。
アイドルには致命的な後遺症です。
なので、安田さんはこの時からサングラスが必須の生活となります。
そしてもう一つ、術後てんかん発作のリスクがあります。
てんかんは、体の一部(手や足など)一部が痙攣してしまう「部分発作」と突然意識を失い、全身が硬直してしまうこともある「全般発作」があります。
てんかんを引き起こすきっかけは、「寝不足」「過度のストレス」「疲れがたまる」
芸能界・アイドルで活躍されている安田さんにとっては職業柄切っても切れないものともいえるでしょう。
二度目の命の危険とグループ存続の危機が同時に!?
後遺症と闘いながら、てんかん発作にも気を付けながらアイドル活動を続けてきた安田さんでしたが、恐れていたことが現実になりました。
ある日仕事を終えお風呂に入浴中、突然てんかん発作が起きました。
しかも全般発作を起こし、湯船で全身硬直してしまった安田さん。
そして体が半回転してしまい、顔を湯船につかった状態となってしまい絶体絶命。
ですが運よくその場に友人の方たちがおられ、すぐに異変に気付くことができ最悪の事態は避けられました。
しかし、全身硬直の際あまりにも強い硬直だったため安田さんは腰骨・背骨を骨折!
入院を余儀なくされ、世間にもてんかんということは言えず、家で転倒ということにされていました。
ですが、ピンチはまだまだ続きます。
同時期に渋谷すばるの脱退
画像出典:jmania.jp
安田さんが骨折で入院中、グループのメインボーカルだった渋谷すばるさんの脱退が発表されました。
もちろんその前からメンバー同士で話し合いが何度もあったわけですが、安田さんの予期せぬ休養と重なってしまいました。
メインボーカルが抜けるとあって、グループ内でも混乱や戸惑い、今後の方向性などまとめていかなければいけなかった時期だったと予想できますね。
3か月後には新体制で全国ツアー
腰骨と背骨を骨折した安田さんは、日常生活を送るだけでも激痛が走るほど重症でした。
歩くこともできない状態でした。
安田さんも「立っても痛い、座っても痛い、寝ててもダメで本当につらかった」とおっしゃるほど日常生活が困難だったそうです。
そして、メンバーの脱退に加え3か月後には全国ツアーが決まっていて、そこに間に合わせなければならない状況でした。
それでもなんとかファンの人や関係者の皆さんに迷惑をかけまいと仕事をこなす時も人前では松葉づえも使わず痛い素振りも見せず、移動の車の中では座席を倒してマットレスを敷き、そこに横になって移動をすることもしていたそうです。
心と体の限界、メンバーに脱退の意向を伝える
痛みをこらえながら全国ツアーに向けリハビリや仕事をこなしてきた安田さんでしたが、ついに心と体の限界を感じました。
安田さんは、「このまま続けたら本当に親より先に逝ってしまう」と思い、涙ながらメンバーに「限界です。脱退させてください。」と頭を下げました。
安田さんはその他にも、
「こんなサングラスをかけないと表舞台に立てない自分がメンバーにいると、グループの印象を悪くさせてしまうのではないか。」
「グループのイメージは明るい感じなのが、自分がいることでそのイメージを変えてしまうのではないか」
とも思っていたと話しています。
メンバーも安田さんの姿を見てきてつらさも分かっている反面、これでまた脱退者が出た時のダメージは深刻だと考え、何度も話し合いされてきました。
脱退を踏みとどまった2人の言葉
安田さんが活動を続けていこうと思えたのは、メンバーの大倉忠義さんと安田さんのお父さんの言葉でした。
今後をどうするか悩んでいた安田さんにある日、大倉さんから電話がありました。
大倉さんとはメンバーの中でも最も付き合いが長く、これまで幾多の困難もともに乗り越えてきた2人。
画像出典:encount.press
その大倉さんは電話口で、「ヤス、生きててくれ」といったそうです。
その一言は安田さんにとって今もなお、かさぶたにもならないほど強く刺さった言葉だとおっしゃってました。
もうひとり、安田さんのお父さんからも電話があり、「やるなら最後までとことんやれ」と言われ、背中を押されたようだったとおっしゃてました。
こうしてグループに残る決心がついた安田さんは、全国ツアーも乗り越え今では元気な姿を見せてくれています。
まとめ
今回は、金スマにて病気のことや脱退について考えたことをテレビで初告白したSUPEREIGHTの安田章大さんについてまとめてみました。
大きな病気をし、度重なるピンチも周りの支えもありながら乗り越えてこられた安田さん。
その先には「楽しみにしてくれているファンがいるから」
そうおっしゃっていたのが印象的で、元気をもらえる人もたくさんいたことでしょう!
メンバーもグループ名も変わりましたが、これからもたくさんの笑顔をとどけてくれることでしょう。
今後の活躍も期待しています。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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